旧身体美学ブログ アーカイブFhysical Aesthetics

2006年6月

CM登場イアン・ソープ 6月4日

水中を舞う芸術的肉体美

競泳界のスター、ソープがテレビCMに登場。
彼の肉体の美しさが絶妙に表現されている。
男の肉体も芸術になりうることを示してみせた。

普通、男の肉体美といえばボディビルダーを連想する。
しなやかな彼の芸術的フォルムはそれとは少し違う。
美の原理は共通だが、筋肉がナチュラルでしなやかだ。

筆者が今まで最も美を感じていたのは陸上のスプリンター。
スマートなボディビルダーというイメージだ。
陸上ならぬ水上(水中)の彼はそれとも少し違う。
重力がかからないからか、さらにしなやかな感じ。

長島美奈嬢が取材で裸の彼に見とれていた気持ちが分かる。
ため息まじりにつぶやいていた。「究極のナイスバディ」
彼女にとっても初めて見た美だったのだろう。

CMも男が見ても見とれてしまうくらい美が感じられる。
だからなのか記憶に残っているのは彼の肉体美だけ。
何度か見ているが何のCMか覚えていない。
日本製かどうかも確認できていない。
因みに筆者は男が好きな訳ではない。

米軍が市民虐殺? 6月7日

イラクついにベトナムの二の舞?

米軍のイラク市民殺害がついに現実のものに。
それも複数以上起きている可能性も出てきている。
被害者には女性や子供も含まれているという。

米軍の民間人殺害と言えばベトナム戦争。
村民を虐殺していたことが発覚、世界に衝撃を与えた。
イラクの事件とは規模が違う。

とはいえ女子供含む無抵抗の市民を殺害した事実は重い。
当初の建前は圧政からの解放軍だったはずだけに。
米兵たちも戦いの意義を信じ、使命感に燃えていたはず。
米軍が置かれている立場の厳しさを象徴する事件だ。

もちろんベトナムとは多くの点で違いがある。
だが泥沼状態に陥りつつあるある点は似ている。
アフガンでも似たことが起きている。

イラクの陰に隠れているが同国でも戦闘が続いている。
当初の侵攻ではほとんど米軍に被害はなかった。
だがイラク同様、占領後に多くの死者が出ている。

最近は暴徒化した市民に米軍が発砲、市民に死者が出た。
暴徒とは言え、市民を殺害するという点はイラクと同じ。
日本で報道される情報とは違う現実がある。

日本国内でも大きなニュースが続いている。
それにしてもイラクやアフガンの報道は少ない。
連日数十人の規模で人が殺されているのだが。

ザルカウィの死 6月9日

米軍の攻撃で死亡

イラクで活動するテロリストの象徴的存在だった。
だがそれは誇張されたイメージだという見方も強い。
彼らの活動はそれほどイラク情勢に大きな影響はない。
彼らがいなくても宗派対立は起きたという見方だ。

米国はテロリストをすべての元凶にした方が都合がいい。
だがその発想が現実離れしていることはとっくに明らか。
彼を殺しても事態は変わらないという見方が支配的。

フセイン元大統領が捕まったときもそうだったからだ。
米国はそれによって武装勢力の士気低下、弱体化を期待した。
だが現実はほとんど変わらなかった。

ザルカウィの死もおそらく同じであろう。
米軍の手に落ちたのは同じ背景があると考えられるからだ。
それはすでに支持者がほとんどいない状況に陥っていたこと。

彼はすでに指導者から転落していた。
力を失い、逃げ切れなくなった結果であろう。<
元大統領もまったく同じ、最後は一人で逃げ回っていた。

一方、9.11の首謀者は今だに米国は補足できていない。
アフガン侵攻もイラク侵攻もそれが最初の契機なのだが。
その間、多く血が流された。

ザルカウィや元大統領と何が違うのだろうか。
答えははっきりしている。それは支持者がいること。
支持者たちに守られていること。それが決定的に違う。

支持者がいなくなれば惨めな姿をさらすことになるだろう。
ではなぜ支持者がいるのか。そこに核心が含まれている。
がブログで語れるような問題ではないので深入りしない。

サッカーと野球の差 6月11日

W杯とWBCの違い

野球の次はサッカー、短期間に続く世界大会。
それだけに両者の違いも目立つ。
サッカーはまさに全世界規模、歴史もある。

野球は地域が限られるので世界大会は存在しなかった。
今回のWBCが初の試験的な開催。
当然のことながらサッカーとは規模、熱狂が違う。

なぜこんなに差があるのかと言えばやはり地域の差。
サッカーは欧州を中心に発達したスポーツ。
近代の欧米列強の世界支配の歴史の延長にある。
世界的なのは世界支配の証とも言える。

野球は米国が発祥の地、普及は米国の周辺地域だけ。
それと東アジアの同盟国。
WBCも韓国と日本だけが熱狂していたきらいがある。

主催国の米国は熱狂も実力も今一つ。冷めた観が。
サッカーの W杯はさらに冷めているはず。
米国ではマイナー競技でベッカムも知られていないという。
つまりイチローの方がずっと有名らしい。

モータースポーツもF1が世界最高峰。
米国のモータースポーツは差をつけられている。
世界的な競技では大抵欧州が米国の前に立ちはだかる。

スポーツの世界では今だ欧州の世界支配が続いている。
柔道が世界的に普及してきたのも欧州で盛んなことが大きい。
野球も欧州で普及しない限り、劇的発展はないだろう。
日本人はどちらにも熱狂しているが。

タリバン復活? 6月16日

あれから五年、タリバンの今

五年前、日本のマスコミはタリバンを極悪集団と報道した。
これはようするに米国のプロパガンダを鵜呑みにした結果。
もし事実を伝えたと信じているなら洗脳されたに近い。

筆者は当時、その報道ぶりに疑問を呈した。
姉妹サイトの雑記帳で。
それで崩壊したタリバンはその後、消滅したのか?。
日本では報道が少なく、消滅したのかと思いたくなる。

だが元々のタリバンの地盤、南部地域では再び存在感を高めている。
当地では米軍及び多国籍軍との戦闘が激化している。
これは何を意味するのか。
当地にタリバンを支持者がいるという事実だ。

ただの極悪集団だったらとっくに消滅しているだろう。
残党は住民から吊るし上げられただろう。
再び勢力を強めているのは、まさに支持があるから。

つまり当時のマスコミ報道は明らかに誤りだということ。
今その証拠がはっきり示されていると言える。
マスコミ関係者は気がついていないかも知れないが。

こういう話題はブログには重い。
だが他で指摘されることもなさそうなのでふみこむ。

米国がタリバンを極悪に仕立てたのは大義名分が必要だったから。
ありていに言えばタリバン兵を殺すための。
ただし根底には別な根源的理由がある。

そもそもムスリムはキリスト教徒にとって異教徒。
特に米国はイスラム教原理主義を徹底的に嫌う。
(米国内ではキリスト教原理主義勢力が力を持っている。)

イラン革命で痛い目にあっているし、根本的に相容れない。
内戦後の復興の支援を求めたタリバンを無視し続けた。
いいかえればアフガン難民の惨状を。
欧米が無視したタリバンを支援したのがアルカイダ。

9.11後、タリバンは恩義から首謀者をかくまった。
そこで米国の矛先はタリバンに向かう。
首謀者を渡さないとお前らを皆殺しにするぞ、と。
極悪論はそれを実行するための大義名分。

日本のマスコミはなんの疑いもなくそれにのった?。
米国のようにイスラムにアレルギーがあるとは思えない。
単に定見がないだけ、単にイスラムに無知なだけなのでは。

ビル・ゲイツ引退 6月16日

彼の最大のステータスは世界一の金持ち?。
そう皮肉る人も少なくないであろう。
筆者も実力で世界を制覇したとは見ていない。

もちろん才能と努力があったことは間違いない。
だが時代が彼に味方したこともまた事実。
時代の追い風なくして大成功はありえなかった。

少なくとも二つの大きな幸運があった。
一つは日本製OS、トロンが米国に潰されたこと。
まるでマイクロソフト社のような米国の強引な政治力で。
米国はトロンに脅威を感じたからであろう。

もう一つはアップル社の迷走。
IT業界最初の神話を作りながら、内紛などで失速。
せっかく優れたOSを持ちながら戦略の武器にしなかった。
Windowsも最初はアップルから技術のライセンス供与を受けている。
(それを知っているWindowsユーザーはどのくらいいるのだろうか。)

この二つの幸運がなければ今日のゲイツはなかったはず。
逆境ならアップル社を立て直したジョブスの方が本物。
倒産説も出るほどの同社に復帰し、厳しい逆風の中から甦らせた。

ゲイツもジョブスのカリスマ性に脅威を感じているだろう。
脅威はそれだけではない。すでに追い風は逆風に変わっている。
風向きは必ず変わる。二度と幸運もないだろう。
それは彼自身が一番感じていることであろう。 IT業界ならではの成功を遂げたが、それだけ退場も早い。

身近な危機管理の話 6月24日

今日は身近で重要な危機管理の話。
偶然とあるアンケート調査を見たからだ。
それによると外出時、家の鍵をバッグに入れる女性が多いらしい。
だが可能な限りそれは避けた方がいい。

問題は中に身元や住所が知れるものがある場合だ。
盗難その他で人の手に渡ったとき危険だからだ。
犯罪性を持つ人間なら住所が分かれば狙うかも知れない。

もしバッグに入れるなら身元の分かるものは厳禁。
一つのバッグにまとめれば便利だがその分危険が高まる。
ただでさえ物騒な世の中、女性の場合はなおさら。

入れざるを得ない場合は鍵を別口で所持すること。
普段から分散所持を習慣にすることが望ましい。

話は飛ぶが細木数子女史の番組での話。
ゲストは柔道の平成の三四郎、古賀稔彦氏。
女史は彼に最も効果的な護身術を教えてくれと頼んだ。

彼は心臓発作が起きたふりをしろと答えた。
期待外れの答えに女史は露骨な不満顔。
これは女史の方が明らかに認識不足だ。

古賀氏の答は専門家として当然の常識論。
非力な女が暴漢を確実に撃退できる技など存在しないからだ。
本格的に護身術を習ったとしても気休めていどと考えるべき。

本物の格闘家でさえ刃物を持った暴漢には簡単に勝てない。
それより危険な状況には身を置かないことが絶対の大原則。
世間には武勇伝の実話もあるらしいがそんなのは単なる幸運。
くれぐれも勘違いしないように。

復活怪しい?ソニー 6月27日

順調に復活していると、ソニーは表明している。
順調すぎて逆ににわかには信用しがたい。
戦略の失敗がそんな簡単に取り戻せるとは思えないからだ。

根拠となる数字は強引にいい部分だけ並べたのでは。
無敵のトヨタと比較すると違いを感じざるをえない。
(かつては同じ日本を代表する優良企業だったが。)
トヨタは盤石であってもけっして危機意識を忘れない。

筆者はこれまでもソニーに対して厳しい見方をしてきた。
と言ってソニーが嫌いな訳ではない。
優れた製品があれば喜んで買う。実際所有もしている。

現会長は「iPodはソニーが出すべき商品だった」という。
ブランドイメージに大打撃を与えられただけに無念も大きい。
出せなかった理由も詳細に上げている。
だが筆者は屁理屈だと思っている。

なぜならiPodはアップルから生まれるべくして生まれた。
ソフトとハードが一体で共通の美意識でデザインされている。
理念を具現化する強力なリーダー、カリスマ、ジョブスがいる。
同じ基盤を持った企業が他にあるだろうか。

出せなかった理由を並べるのならブランドを取り返せばいい。
出せなかったことより取り返せないことの方が問題。
他社を圧倒する商品を出さない限り復活が本物とは思えない。

口紅CMの欠陥? 6月29日

美しい唇見たことない?

たまには美学の話を少々。
日本文化には美しい口元の概念が元来希薄。
芸術表現にも古代からリアルな美の描写は存在しない。
西洋では古代ヘレニズム文化にすでに見られる。

欧米文化に追随している今も変わったとは思えない。
美の基準から外れた口元をCM広告で見ることも少なくない。
それでも美を表現したものでなければ問題はない。

ところが美を表現したものにもある。
それも化粧品の例も、さらには口紅のCMにすら。
口紅の日本製CMで美しい例を見た記憶があまりないのだ。
低水準な例の記憶ならあるが。

女優では美の基準より人気度、知名度を基準にしている観が。
有名人気女優だから美しいはず、という思い込みがあるのか。
であればようするに美の基準を知らないということだが。

話題にしたのも今日まさに実例を見たことがきっかけ。<
ただどこの誰のCMかはふせておこう。
当該CMだけの問題ではないからだ。
結論として文化の問題と考えざるをえない。

特定のCMをあげつらのは空しいだけ。
本物の美しい口元、描写のCMが出現したら話題にしたい。
当然ながら今流れているCMにははない。
はたして話題にできる日がいつくるのだろうか。